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I never noticed without your glasses について

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 8月17日(金)09時19分40秒
編集済
  みなさま

aozora さんのご投稿(「withoutについて その2」、投稿日:2018年 7月28日(土))について、元々の投稿者であるメットマンさんから伝言を預かったのでお知らせします。関心のある方は動画をご覧ください。

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aozoraさんの投稿の『withoutについて(その2)』を拝見いたしました。
“Hey, you have blue eyes,” she observed. “I never noticed without your glasses. You just get contacts?” (小説, Peter David, Spider-Man, p. 81)につきまして、問題の文が使用されている場面が下記動画で確認可能だと、aozoraさんまでお伝えいただけませんでしょうか。また私の質問まで細かくお読みいただき感謝いたします、とお伝えください。

https://www.youtube.com/watch?v=jtjLo3HwTyA

withoutが使用されている理由は、久保田先生のご説明の通りと思います。I never noticed (that you had blue eyes) without your glasses という意味だと思います。このwithoutですが、確かにややこしいです。久保田先生お考え通りだと思いますが、わたくし自身ももう少し考えてみたいと思います。
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of句で限定される名詞の冠詞

 投稿者:Julys  投稿日:2018年 8月15日(水)00時31分55秒
  ジーニアスに due to lack of evidence と lack of funding という用法が載っています。名詞+of句の形では、ほかにあるうちの1つであれば、aがつきますが、そうでない場合、of句での限定によりtheがつくと考えているので、theをつけない理由が分からず質問させていただきました。  
    (管理人) Cobuild 英英辞典の WordBank で検索してみると、the lack of の形は 80 例あります。それらの用例を見てみると、例えば But the lack of hard evidence is not deterring other countries from following Canada's lead.(厳然とした証拠がないからといって・・・)のように、前の文脈に出ていた内容を再度繰り返す「前方照応」用法の定冠詞が多いようです。また、Although the nation spends more than £ 100 million a year on sun-care products, the lack of information on packaging is disturbing. のように、of に後続する名詞が2語以上から成っている例も目立ちます。of に後続する名詞が1つだけという例は 80 例中8例のみでした。例えば the explanation for the lack of success might be due to want of care on the part of those in whose charge he was のような例です(この場合の定冠詞も前方照応用法です)。そうすると lack of evidence や lack of funding も、証拠がないことや資金が不足していることが既知の情報であるような文脈に用いられていれば、定冠詞が付く可能性もあるやもしれないということになります。ただし、of に後続する名詞が1つだけで、しかも定冠詞が付くといった用例が少ないということにも注意すべきでしょう。要するに、lack は元々定冠詞が付きにくい名詞であるということのようです。「ある」ものを限定することは容易ですが、「ない」ものを限定するのは難しいということなのかもしれません。なお、a lack of における不定冠詞は、例えば Many families break up because of a lack of money. や An important source of dissatisfaction was a lack of challenge. のように、「任意の1つ」の意ではなく、「相当の」「まったくの」といった、程度の甚だしさを表す用法のものであると思われます。  

仮定法の及ぶ範囲

 投稿者:Aki  投稿日:2018年 8月 5日(日)20時01分27秒
  以下で、(1)~(3)は「英文法解説」(江川泰一郎)、(4)はある大学の入試問題からの文です。
(1) I wish people wouldn't rustle their programs while the orchestra is playing.
(2) I'd rather you told me frankly what you think.
(3) If only I lived where there was a good bookstore.
(4) He would be happier if he had someone that he could play with.

(1)では、主節の仮定法過去wouldn't rustleに対して、従属節は直説法現在is、
(2)では、主節の仮定法過去toldに対して、従属節は直説法現在think、
(3)では、主節の仮定法過去livedに対して、従属節も仮定法過去was、
(4)では、主節の仮定法過去hadに対して、従属節も仮定法過去could play

(1)から(4)のどれも、主節は非現実を表していると理解できますが、
従属節は主節の状況を定義する働きをするだけで、非現実をあらわしているように思われません。
ですから(1)と(2)で、従属節が直説法なのは、納得できます。
さらに(3)は、「良い本屋が存在する町はありそうにない」という前提ならば理解できます。
しかし、(4)は単に、どんな友達のことを念頭に置いているか、という定義をしているだけですから、
直説法の方が正しいように思います。

なぜ(4)の従属節は仮定法過去なのでしょうか?
 
    (管理人) (3)と同じ説明でよいのではありませんか? 元々、(4)は、A practical English grammar の練習問題にあるもので、原文は The child is lonely; he would be happier if he had someone that he could play with. です。入試問題に後半だけがあるのでしたら、原文の前半を削除したのでしょう。しかし後半の部分だけで、「一緒に遊んでくれる人(子ども)はいない」という含意が読み取れるので、仮定法過去で問題ありません。別の用例をあげてみましょう。I don't much care for cooking for myself; if I had a family that I had to cook for, I'd be more interested. この文の主語が独り者であることは前半で分かります。そうすると、if I had a family that I had to cook for の内容すべてが架空のことを表していることになるので、仮定法過去で表現されるのも当然のこととなります。
 

withoutについて その2

 投稿者:aozora  投稿日:2018年 7月28日(土)15時32分31秒
  久保田先生、こんにちは。古英語の仮定法過去に関する質問を提出中なのですが、今また疑問が出てきました。取り上げの有無等全然構いませんので、一応書いてみます。

without について   投稿者:メットマン   投稿日:2009年 3月13日(金)12時00分32秒


   久保田先生。滋賀県のH・Mです。いつもすみません。掲示板に投稿させていただきます。
 次の文は、眼鏡をかけていない青年に向けて発話されたものです。なぜwithoutが「眼鏡をかけていたから…」の意味になるのかが分かりません:

“Hey, you have blue eyes,” she observed. “I never noticed without your glasses. You just get contacts?” (小説, Peter David, Spider-Man, p. 81)

そうぞご回答よろしくお願いいたします。

     (管理人) 「眼鏡をはずさなければ気がつかなかった」というくらいの意味になるのではないでしょうか。

私はこの英文がこの訳になるのがどうしても理解できず、意訳の元となった文法の仕組みを見つけられず、2時間ほどう~んう~ん唸っておりました。それで、この英文と睨めっこをするように虚心坦懐に脳を遊ばせてみました。

例えば、あるパーティで私が見知らぬ小柄な男性の存在に興味を抱いたとします。そのことに気付いた主催者が私をその男性に紹介してくれた。「この人はタモリさんだよ」「え~~~!」
ちょっとしたやり取りの後 "I never noticed without your glasses!"

"I never noticed (you)(being) without your glasses!" タモリさんが眼鏡を掛けていない状態とは気付かなかった。「眼鏡を掛けていないタモリさんとは気づきませんでした」

先の英文のさらなる文脈が不明ですのでどうかな?とは思うのですが、素人の手遊びで、こういうことかな?と思いました。いかがでしょうか?
 
    (管理人) 文脈から考えて、隠れている noticed の目的語は that you have/had blue eyes でしょう。眼鏡を外さなければあなたの目が青いとは気づきませんでした、ということだと読みました。なお、ジーニアス英和辞典ではこのような読み方を notice の自動詞用法としていますが、むしろ、that 節が隠れていると考えた方が分かりやすいように思います。  

冠詞について

 投稿者:佳子  投稿日:2018年 7月27日(金)23時49分49秒
  初めまして、佳子と申します。初めて質問させていただきます。


A new study that shocked researchers shows that most people in poor and middle-income countries suffer unimaginable pain without any help . The results of a study on pain and pain management motivated the research group to find a way to help the millions of people who suffer needlessly.
(VOAnewsより抜粋)


一文目も二文目のstudy は、調査とは特定のある研究者が行ったものにもかかわらず、限定のtheを使わず、なぜaになるのかよくわからず悩んでいます。
さらに、二文目the results  of a study については、a study からofを使って対象を絞ったresults にはtheがつくのに、なぜだろう、と余計に腑に落ちません・・・。

ご教授いただけましたら幸いです。



 
    (管理人) 込み入った解説になることをご容赦ください。説明となると一筋縄ではいかないので。

冠詞は定冠詞を出発点とすると分かりやすいので、まず定冠詞の使用条件を記します。定冠詞は、(1)「この中で」という枠が定められ、(2)その枠の中で該当するものが1つあるいは1組ある、という条件を同時に満たす名詞句に付きます。一方、不定冠詞の条件は定冠詞の補集合で、(1)特定の枠がなく、(2)同じ名前で呼ばれるものが2つ以上ある(うちの任意の1つ)という場合に用いられます。そうすると、最初の a new study は初めてこの文脈に導入される話題なので、特定の枠の存在が前提になっておらず、この時点ですでに定冠詞の条件から外れます。2番目の a study on pain and pain management は、おそらく on pain and pain management という修飾要素がなければ the study になっていたものと思われます。この文脈で study といえば1つしかないからです。ところが on pain and pain management が付加されることによって研究の内容説明となり、一定の新情報が加わることになります。念頭に置いている「研究」はすでに話題に上っているものですから定冠詞が適切ですが、それならば the study と簡潔に2語で表現すれば足ります。それをせずにわざわざ内容説明を加えたのは、この研究を「疼痛と疼痛処理」に関するいくつかの研究の中の1つとして位置づける意図があったものと考えられます。ただ、「『同格?』、投稿者:Marjorum さん、投稿日:2009年10月19日」や「『質問』、投稿者:wild-cat さん、 投稿日:2011年10月21日」などで取り上げたように、特定の内容を意図していながら不定冠詞を伴う名詞句もあり(そのような名詞句を日本語にすると「<この>○○」としか訳しようがないもので)、この2番目の不定冠詞はどうもそれとよく似た機能を持っているように思えます。
 

古英語の仮定法過去について

 投稿者:aozora  投稿日:2018年 7月27日(金)16時56分9秒
  久保田先生、こんにちは。基本的な事かと思いますが教えて欲しいことがあります。
過去ログを読み返していて「三人称単数現在形の時にだけ動詞にsが付くというのは、ほかの条件でも動詞が変化していたのが、現在の英語ではこの変化だけが表立って残った、というのが正確な言い方です」とあり、ネットで古英語の文法を(浅く)調べてみました。動詞の活用に直説法現在、直接法過去、仮定法現在、仮定法過去があります。疑問というのは古英語の仮定法過去は過去の仮定を扱っているのか、現在(発話時)の仮定を扱っているのか?ということです。仮定法現在があるので仮定法現在が現在の仮定、仮定法過去が過去の仮定だと思うのですが、現在の英語では仮定法過去は現在の仮定を扱っています。
 
    (管理人) 古英語(7世紀ごろから 1100 年ごろまでの英語)はこの質問箱をごらんになっている方の多くには無縁の存在かと思いますが、aozora さんのような方もおいでになるので、ごく簡単にお答えします。まず、仮定法と呼び慣わされている概念の基本については、「『仮定法過去について』、投稿者:Aki さん、投稿日:2018年7月7日(土)」ですでに述べたので、繰り返しません。ただ、「仮定法」という名称をこの概念を最もよく表す名称として理解するのは危険であることだけ付け加えておきます。また読者が古英語を読めるかどうかも、ここでは問わないことにします。その上で、仮定法過去について述べます。古英語における仮定法過去には2つの用法があり、実現不可能な願望を表す用法と、内容を控えめに表現する用法です。どちらも現在に関係しています。実現不可能な願望を表す場合(<  >で囲った語彙が仮定法過去):Eala, <wære> he auðer, oððe, hat, oððe ceald. Ac forðonðe he is wlaco, & nis nauðer, ne hat, ne ceald. (Oh, would that he were either hot or cold. But since he is lukewarm, and is neither hot nor cold, …)、内容を控えめに表現する場合(同上):Þu <wære> wyrðe sleges nu (you would deserve death now)。  

文頭のsat

 投稿者:naoki  投稿日:2018年 7月15日(日)09時43分33秒
  すみません,さきほど誤って途中で送信してしまったと思います。

Zeddというelectro dance musicでは有名な方の曲The Middleの一節です。

Take a seat
right over there, sat on the stairs
Stay or leave,
the cabinets are bare and I'm unaware
Of just how we got into this mess, got so aggressive
I know we meant all good intentions

2行目のsatについてです。これは他動詞としてのsit「座らせる」の過去分詞と考えて,be sat「座って,座りなさい」という命令文なのでしょうか?
裁判官などが使う改まった席での「着席」のbe seatedと同じようなものでしょうか?

つまり,出だしの2行目までは,
「座ってよ
すぐそこに,階段の上に座ってよ」
ということでよいでしょうか?

PVのURLをいちおう貼らせていただきました。
https://www.youtube.com/watch?v=Lj6Y6JCu-l4

できましたらご教示いただけますと助かります。ネット上にも歌詞の和訳がいろいろあがってはおりますが,文法に則った訳というよりも感覚的なものばかりで,どうもすっきりしません。
 
    (管理人) 歌詞は "poetic license" に守られて、非文法的な表現を用いたり、文法上許されない省略をしたりと、やりたい放題といったところがあります。お問い合わせの sat は自動詞の過去完了形で、状態を表す受身形でしょう(「『be+自動詞の過去完了形』について」、投稿者:TEBRA  さん、投稿日:2015年 2月24日(火)、をご覧ください)。また sat の前後には大きな省略があるようで、最初の3行の内容を復元すれば、こんな感じでしょうか。

Take a seat right over there(これはけんか相手の一方による命令文。「ちゃんとソファーに座ってよ」というくらい)
[The other person is] sat on the stairs [and can't decide whether to] stay or leave(これは言われた側のありようを示す平叙文)

歌詞に論理性を求めても無駄ですが、できうるかぎり内容をとろうとすれば、こんな大規模な補填が必要でしょう(ただしこの復元内容で間違いないかと言われると確信はありません。だいたいこんなところだろうというくらいです)。この be sat は、ふつうの英語ならば "is sitting" と進行形にしたいところです。同じような be sat の用例としては次のようなものもあります。It is 2pm and I am sat in my parents’ living room, talking to one of the cats. 
 

Getの取る語法について。

 投稿者:oval  投稿日:2018年 7月12日(木)10時33分14秒
  いつも大変お世話になっております。お忙しいとは存じますが、ご教授頂ければ幸いです。何卒、よろしくお願い致します。

『大学生のための英文法再入門』 (研究社)に下記のような問題がございました。

-------------------------------------
空欄に入る最適なものを選べ。

I got my colleagues ( ) me with the presentation.
(a) help (b) to help (c) helping (d) being help
-------------------------------------

Get は、①Get 目的語 to不定詞 ②Get 目的語 現在分詞 という語法を取るので、語法的な観点から言えば、(b) to help と (c) helping が、入ることができます。ただ、答えは(b) to helpになっております。意味的な観点から、(c) helpingが排除されているとは思うのですが、理由がいまいちよく分かりません。

ジーニアスには下記のような例文が載っております。
-------------------------------------

①I got the machine runnning.
(機械を始動させた。)

-------------------------------------
もしこの文を下記のように変化させた場合
(させることが可能かどうか分かりませんが)

②I got the machine to run.

どのような意味の違いが出てくるのかよく分かりません。ジーニアスの訳を見ても、どちらも使役の意味しか載っておらず、困っております。

お忙しいとは存じますが、ご教授頂けると幸いです。
何卒、よろしくお願い致します。
 
    (管理人) 「get+名詞+分詞」の構文は、get が名詞を目的語にとっているのではなく、[名詞+分詞]全体を目的語にとっているとみるべきものです。例えば I got the machine running. であれば、I got [the machine running] のようにです。ジーニアス英和辞典はこの文に「機械を始動させた」という訳文を付していますが、それは、「[その機械が動いている]という状態に至らしめた」ということです。一方、「get+名詞+to 不定詞」の構文は、名詞のみが get の目的語であると考えられます。to 不定詞はたどり着く目標を表します。この場合、目的語に対する説得・働きかけの意が強く出てきます。説得や働きかけをしなければならないのですから、通例、容易ならざる事態、不利な状況、困難、障害などを含意します。We couldn't get him to sign the agreement.(彼に契約書にサインしてもらうことができなかった)は「いろいろ手を尽くしたが」ということです。その点からすると、ジーニアス英和辞典に挙げられている I got the door to shut properly. という用例にはやや違和感があります。これが I can't get the door to shut properly.(このドアどうもきちんと閉められないんだ)[H. Palmer, "A grammar of English words" の用例]のような否定文であればドアへの働きかけがはっきり表現されて、この構文にぴったりなのですが。さて、以上を踏まえて、お問い合わせの問題文です。この場合、事の性質上、頭を下げて頼み込んだことが含意され、to help が適合します。進行形の helping では同僚たちへ平身低頭する姿が描けず、それどころか、主語の不遜な態度すら感じさせるように思われます。  

alsoの位置について

 投稿者:aozora  投稿日:2018年 7月11日(水)17時09分56秒
  久保田先生、こんにちは。今回は、今現在読んでいるenglishpage.comというサイト内の記述に関しての質問になります。

<In verb tenses with many parts, "also" comes after the first part and before the second.

Examples:
?I have also been to Hong Kong.
?I am also studying economics.>

完了の場合はちょっと違うのでは?と思い、最近知ったYahooの検索ツールを使用してみました。
<検索条件>
キーワード  :順番も含め完全に一致
ドメイン   :.edu
ファイル形式 :Adobe PDF (.pdf)
対象とする国 :アメリカ
対象とする言語:英語

①I have also been 258,000  ③They have also been 731,000 ⑤He has also been 268,000
②I also have been 292,000 ④They also have been 741,000 ⑥He also has been 237,000

⑦I had also been   34,200  ⑨They had also been   58,200 ⑪He had also been  43,300
⑧I also had been        1  ⑩They also had been        7 ⑫He also had been 158,000

日本国内の英語学習サイト(例えば「英単語の正しい使い分けを勉強してすっきり英会話」)にもhave also pp...の説明があります。
<be動詞や助動詞が使われる場合には、
 ・I am also learning ...,
 ・I can also speak ...,
 ・I have also been learning ...>

この検索結果はどのように解釈すべきなのでしょうか? よろしくお願いいたします。
 
    (管理人) 完了形の文で、also が動詞句全体の前に置かれる語順もあるということですね。事実はそのとおりです。also は文中のどこにでも置かれます。also がどこにかかるかは文強勢がどの語句に置かれているかによって判明します。例えば、I've noticed the fox in my garden and John has also seen it near his back door. のように、動詞句の内容が豊かであるような文では、通例、文末の要素(door)に文強勢が置かれ、「ジョンは「そのキツネならうちの裏口近くでも見たよ」と言っていた」となります。それに対して、and John has also seen it. のように、動詞句が短く、しかも文末が代名詞で終わっている(だから文末要素に強勢が置かれない)ような文の場合は、also は、通例、主語にかかり、「ジョンもそのキツネを見た」となります。つまり、have also PP の語順は動詞句の内容と強勢の置かれ方から解釈が2とおりありうるということです。それに対して、John ALSO has seen it. のように、also が主語の直後に置かれた場合は、also に強勢が置かれて、「ジョンもそのキツネを見た」と、主語にかかる解釈のみが可能となります。  

あいまいなwhat=the thing(s)which(that)

 投稿者:メットマン  投稿日:2018年 7月 9日(月)09時05分10秒
  いつも質問箱の回答で勉強させていただいております。what=the thing(s)which(that)について、私も一つ質問させてください。今から20年ほど前に、アメリカのチャリティーオークションにて、俳優のベン・アフレックが映画で使用したサングラスと言うのを購入いたしました。商品を提供したのはその映画の助監督(ネイティブスピーカー)で、ご本人からの手紙には:

The glasses are what Ben Affleck wore in the movie “Daredevil”.

と書かれていました。しかし、最近になって、フェイスブックでその助監督からの手紙と写真をアップして、劇中使用のサングラスを所有しているのは他でもない私だ、と自慢したところ、複数のネイティブから次のようなコメントが寄せられました:

(1) Worded cleverly to sound like they were screen used to an unsuspecting collector.
(2) I agree with your friend (i.e. 友達と言うのは、(1)のコメントをしたネイティブのこと). It sounds like it's possible that Ben himself wore them, but it's not really stated for sure if he did. It's possible that the glasses are simply
a replica of the ones used in the movie.
(3) While technically it may not be incorrect, it certainly is an awkward sentence. Better sentence structure yields better comprehension.
(4) Unfortunately, based on the words of the sentence, based on semantics, it could mean the sunglasses were the exact ones Ben Affleck wore in the movie. OR it could mean these are the same model as he wore in the movie.
The sentence can’t tell us the exact truth. Let’s just hope you are dealing with an honest person and not a shyster.
(5) The statement is vague and badly worded, and it is difficult to determine what the writer actually meant. The literal meaning of the sentence is that the actual glasses were worn by Ben Affleck, but it can also mean that these glasses are the same model as those worn by Ben in the movie. However, if the writer actually was working on that movie, I would go for the first, most obvious meaning -- Ben wore those very glasses, and that's what Oswald should have said, rather than weasel-wording it.

ネイティブによれば、問題の文はあいまいで、実際にアフレックがかけたのなら、下記のように言うとのことです:

(6) These glasses were worn by Ben Affleck in "Daredevil".

どうやら問題の文が意味するのは、「このサングラスはベン・アフレックがかけたものです」と言うのではなく、「このサングラスはベン・アフレックがかけたものと(全く)同じものです」と言うことらしいです。(1)と(2)と(4)の回答者は、この文は、あたかも意図的にアフレックがかけたかのような書き方をしている、と言っているようです。なお、(1)と(3)の回答はネイティブでコレクターです。(2)と(4)と(5)(6)は言語に興味のあるネイティブです。what=the thing(s)which(that)が、このようなあいまいなニュアンスを含む理由がわかりません。
 
    (管理人) この用法の what にそのような曖昧性があるとは知りませんでした。念のため OED を調べてみたところ、C.I.2.c に次のような定義が挙げられていました。Expressing quality or character ... : Such as; the kind of thing (or person) that. つまり、そのものずばりではなく、対象となっているものごとの「質」や「類」を表すというのです。たしかに「質」や「類」も個別のものごとを包含する上位範疇です。OED の用例を1つ挙げます。The book is very much what might have been expected from the author. この用例において what が表しているのは「本」そのものではなく、本の「出来」ですね。そう思って、あらためていままで目にしてきた用例を見直してみると、例えば、That is exactly what I said. のような文は2とおりにあいまいであることに気づきました。「そうそう、私が言ったのはそういうことだよ」と内容面に言及している場合と、that が発言の表現そのものを受けて、「まさに私はそう言ったんだ」という場合です。はじめて遭遇する問題だったので、あまり踏み込んだ回答は控えますが、「本物なら本物と直裁に言うはずだ。曖昧な解釈となりうる表現を使うのは、そこに何かしらの意図があるからだ」というような「会話の公準」(conversational postulates) に基づく解釈が発生しているのかもしれません。また、添えられていたお手紙の他の文面にも、情報の量、質、様式、関係のいずれかに抵触する言い方が含まれている可能性もありはしないかと推測します。  

仮定法過去について

 投稿者:Aki  投稿日:2018年 7月 7日(土)21時56分19秒
  現在の反事実を述べる仮定法過去が、なぜ直接法過去と同じ形なのかについて、「現実離れの距離感を時間のずれで表現する」というような説明をよく見かけます。例えば『一億人の英文法』には次のように書かれています。

   反事実は遠くを感じさせる、だから距離感を感じさせる過去形を使っているのです。

これに、時間の流れを表す直線上を、現在から過去へと歩く二人の少女のイラストが添えられています。

でも、フランス語のimperfectとimperfect subjunctiveはまったく形が異なっています。とすると、英語で仮定法過去と直接法過去が同じ形なのは偶然なのでしょうか?だとすると、「現実離れの距離感を時間のずれで表現する」などという解釈は見当違い、ということになってしまうのでしょうか?
 
    (管理人) まず、仮定法と時制の本来の意味から説明します。仮定法とは、あることがらを、事実としてではなく、単に話し手の心のうちで考えられたもの(思想、願望、意志、計画、仮定など)として述べるものをいいます(だから「叙想法」ともいいます)。時制とは、あることがらの生起が発話の時点にある(現在時制)か、発話の時点より前にあるか(過去時制)、発話の時点よりあとにあるか(未来時制)を表すものです。したがって、仮定法と時制とは本来、別物です。この2つが別物であることは、例えば仮定法現在は動詞の原形を使うなどのように、今日でも時制とはっきり区別できることに示されています。ところが、仮定法過去の場合は、英語特有の屈折語尾の水平化(一部の動詞を除いて一律に -ed が付くようになったこと)と、直説法と仮定法の機能の差異に対する言語感覚が薄れてしまったことの2つが原因で、現在では過去時制との見かけの親近性が目立つようになっています。これは歴史の偶然なのですが、それでも、同形であることと、仮定法に代わって助動詞がその機能を果たしている場合が多いことなどから、仮定法過去の存在感が薄まり、これを自立した概念と考えるのではなく、過去時制の一用法とする説を生み出す要因ともなっています。英語史を踏まえた専門的な論文というのでないならば(一億人を相手にする場合やこの質問箱のような場合は)、過去時制の1つの用法である「非現在=非現実」を仮定法に当てはめるという、教育上の小さなうそは、それなりの実用的な効果があるように思います。しかし、そのような説は仮定法過去を一切認めないという立場を表明することに等しくなるので、研究者としてはのっぴきならない態度表明ともなります。  

public vs publics

 投稿者:OED Loves Me Not  投稿日:2018年 7月 4日(水)20時12分48秒
  一つ、ご教示ください。「ヨーロッパの大衆」と言う時には、the European public とはいうけど "the European ★publics★" というふうに複数形にすることなどありえないと私は常に思っていました。しかしこの1週間ほど、国際政治に関する文章を読んでいると、立て続けに10回くらいこのような例にぶつかりました。私が読書の中で出会った用例の一部を紹介します。

(1) It is impossible to put a number on the damage this could do
by allowing wrong-headed policies, distorting and deterring
investment by raising uncertainty, and reducing the ability
of ★publics★ to hold their governments accountable.
(Foreign Affairs, March/April 2018, pp.35-36)

(2) But this is another claim that the ★publics★ of Europe have
reason to be skeptical about.
(Douglass Murray, The Strange Death of Europe, p.329)

(3) As this book suggests, there is an ongoing effort to make the
European ★publics★ not believe the evidence of their own lives.
(ibid., p.337)

(4) Of course, such an idea was never passed by the public
because the European ★publics★ almost certainly would never have
given their approval.
(ibid., p.108)

上記のような publics という複数形については、どのように考えればよいのでしょうか?これについては、もとジャーナリストだったと自称するアメリカ人は、次のように言ってくれました。

Fields of study, such as political science, of which Foreign Affairs is a significant part, often use jargon or constructions unfamiliar to normal English speakers.

I suggest you treat it as such and forget it, unless you plan to pursue that line of endeavor.

これについて、先生やその近辺の方々に何かお考えがございましたら、お聞かせ願いたいと思います。私としては、おそらくこのような publics という複数形を使いたがる人の意図は、たとえば "the European public" と単数(または mass noun)として使ったときには "the European population in general (so described without being aware of their nationality)" というような感じであり、"the European publics" と複数形にしたときには、"the European populations or peoples or groups of people (so described in view of their difference in nationality, ethnicity, culture, etc.)" というようなニュアンスを醸しだしたいのだろうと考えてはいます。しかし本質的な違いがあるかというと、実用上のニュアンスの違いは実はないような気がしています。

これについて何なりとお答えくださればたいへん助かります。よろしくお願いいたします。
 
    (管理人) 本来、単数形で集合的な意味を表す語は、それ自体で複数を表すので、それ以上、複数概念を広げることはできないのですが、それを形の上で複数にすると、「複数の複数」すなわち「集団の集団」を表すようになります。例えば、people を複数形にすると、複数人の人を1つのまとまりと考えて、それが複数個あるということになるので、「人種」「種族」「民族」というような意になります。a lot of people と lots of people にも似たような違いが生じ、lots of people の場合は、異なる集団がいくつもあることを表します。There were a lot of people at the party. と There were lots of people at the party. ではパーティ参加者の構成が異なります。publics という複数形も同様です。the public は individual(個人)に対立する概念ですから、publics と複数形にしても個人との関係は、通例、ないものとされます。個人的な面識のない人々が集まった集団が複数個あるということは、それぞれの関心事ごとに共通の意識を持っている人々が集まって集団をなしているということです。例えば「不買運動」の参加者たちです。このような個別の関心事で意識を共有する集団のことを社会学などで publics と言うようです。OED が挙げている用例を1つ、引用しておきます。Since the public is no specific group of individuals, but is defined wholly by the range of the common interest in a particular transaction, there may be a separate public for every issue raised. We are compelled, therefore, to think of various publics.  

whatの先行詞

 投稿者:takakyu  投稿日:2018年 7月 3日(火)22時00分52秒
  複合関係詞whatの先行詞は、多くの参考書や辞書等ではthe thing(s)which(that)→~するもの
することと訳すように説明されています。今回はこの訳し方について質問したいと思います。
基本的にwhat=the thing(s)which(that)は分かりやすく、説明しやすいと思います。生徒達にも分かりやすい説明だと思われます。
以前大学入試センターの追試験において、次のような問題が出されておりました。
You were prepared to pay 50,000yen for something, but the price asked was 25,000 yen.
You could express your feeling by saying: Really? That's great! That's ( expecting/ half of/ to pay/ we were/ what).解答は→
That's half of what we were expecting to pay.ですが、指導書にも書かれていたり、教師間でも話題になったことを覚えております。
当然what の先行詞はmoney (price)であります。松本道弘著(giveとget)の本の中でMy name is Michito. This is what my father gave me.という文があります。
whatの先行詞はnameだと思われます。すべてthe thing(s) which(that)の訳で答えますと、具体的でなくなり、分かりにくい日本語になるように思われますが。
言葉はよく言われますように、文脈の中でしか判断できないかと思われます。What you say is true.やThat is what I heard. 等の単文においては~すること(もの)
として訳さざるを得ないと思いますが。文脈の中でwhat節の先行詞を考える時は、前出の話題になっている語句等が比較的多く先行詞になっているように
思われますが、いかがでしょうか。よろしくお願いいたします。 
 
    (管理人) この用法の what は、be 動詞の補語か主語で用いられることが多いことはご承知のとおりです。このたびのご質問はその中でも be 動詞の補語に用いられている場合についてのご質問だと受けとめました。それを踏まえて、A is B. という構文の基本的な意味から解説します。A is B. という構文がAについて何かを陳述するという内容で用いられる場合、Bには、意味上Aの上位範疇が来ます。例えば、John is a boy. という文があるとします。この場合、boy  は John を包含する上位範疇です。文脈によっては、a man, an animal, a creature などが用いられる場合もあるでしょう。では、生き物ではないものを包含する上位範疇名詞としてはどのようなものがあるかというと、すぐ思いつくのは thing だと思われます。thing は「もの」「こと」のどちらの意味にも対応する最上位範疇の一つだからです。what の定義文に thing が用いられているのも、短い定義文の中に中間のレベルの上位範疇をあげると切りがないから、最も汎用性の高い最上位範疇を一つだけあげているのです。「あとは読者よろしく判断せよ」ということです。したがって、thing という名詞自体にあまりとらわれる必要はなく、適宜、文脈に合う上位範疇を補えばよいということになります。half of what we were expecting to pay における what は「5万円」の上位範疇である「金額」でしょう(これを「もの」と訳しても何ら問題はありません)。また、This is what my father gave me. における what は「みちこという名前」の上位範疇である「もの」でしょう(「この名前は父がつけてくれたものです」)。  

commit to doとcommit to doingの用法について

 投稿者:Fujibei  投稿日:2018年 6月23日(土)09時41分4秒
  引き続きよろしくお願いします。(しばらく前に投稿しましたが、ご回答をいただいていませんので、一部修正の上再投稿します)

6月12日のトランプ大統領とキム委員長の共同声明の中で、次のようにcommit to do … の用法が複数回、commit to doing … が一度だけ使われています(… commit to recovering …)。
1) President Trump committed to provide security guarantees to the DPRK, …
2) The United States and the DPRK commit to establish new U.S.-DPRK relations …
3) the DPRK commits to work towards complete denuclearization ...
4) The United States and the DPRK commit to recovering POW/MIA remains …
5) President Trump and Chairman Kim Jong Un commit to implement the stipulations in this joint statement ...
6) The United States and the DPRK commit to hold follow-on negotiations …
7) President Donald J. Trump and Chairman Kim Jong Un have committed to cooperate

英文ジャーナリストの竹内猛氏は【WSJで学ぶ経済英語】第62回 (2012 年 12 月 17 日)で、
「He's committed to achieving results. なら『彼は結果を出し続けることに全霊を注いでいる』だが、~ to achieve ~は『彼は今後結果を出すことに全霊を注ぐ』になる」と解説しておられます。
この解釈を上の共同声明に適用すると、4)が「両国は捕虜・行方不明者の遺骨収集を続けることを確約した」ということになります。(いったん中止していたが、最近再開されたという記事がありました。)その他の例はすべて、今後初めて実施する事項であることは事実関係からも納得できます。
ただ今回の例がそうだとしても、commit [commitment] to do … とcommit [commitment] to doing … が常にきちんと使い分けられているのかどうか疑問を感じています。このことに興味があって気を付けて新聞記事を見ていると、竹内猛氏の解説と矛盾したり、共同声明の表現と整合性のない次のような例があるからです。
1) “Not allowing North Korea to threaten the U.S. just means that we remain committed to achieving the complete, verifiable, and irreversible denuclearization of the Korean peninsula,” a White House official said. (JT, 4/17/2018)
2) Trump abruptly canceled the highly-anticipated US-North Korea summit, …, citing hostile comments from top North Korean officials and concern about the country's commitment to giving up its nuclear weapons. (CNN, 5/26/2018)
3) Trump canceled the summit Thursday in a letter to Kim, citing the hostile rhetoric anger and amid concerns over North Korea's commitment to give up its nuclear weapons. (CNN, 5/27/2018)
4) The statement is likely to have three sections ... But it was not clear that the Americans would succeed in extracting a more detailed commitment to disarming than North Korea has already offered. (NYT, 6.11.2018)

どのように理解したらいいかご教示いただけると幸いです。
 
    (管理人) > commit [commitment] to do … とcommit [commitment] to doing … が常にきちんと使い分けられているのかどうか疑問を感じています。

そのとおりだと思います。きちんと使い分けられていないようです。もしきちんと使い分けられているのでしたら、Swan(Practical English Usage)のような語法の専門家が「両者にはあまり違いはない」とは言わないでしょう。また2組目の2)と3)のように、同じ内容が一日にして動名詞から不定詞に書き換えられるようなことも起こらないでしょう。どちらの形を用いるかは、現時点では、多分に書き手の気分と好みによるところが大きいようだとしか言いようがないように思われます。私自身、Cobuild の WordBank で 100 以上の用例を手がかりに2つの形の意味の違いを探ってみましたが、判然としませんでした。
 

複合関係詞としてのwhoの用法

 投稿者:takakyu  投稿日:2018年 6月21日(木)08時45分22秒
  お世話になります。高校の教材の中に先行詞を省略したwhoの用法(複合関係詞)は、あまり見られませんが(佐藤・小池 先生の→英語のしくみを5日間で完全マスターする本)の中で、Jhon is not who ( = the person that) he was two years ago.の文と一緒に先行詞の省かれたwhoの例文が示されております。
高校で使用しましたすべての問題集等も見直しましたが、確認できませんでした。私の勉強不足かもしれません。そこで、辞書や参考書を調べてみまた。
英語語法大辞典(P1178)では、複合関係詞whoはanyone thatの意味ですが、今日の英語では古風であるか、文語的であると説明されています。→ Who steals my
purse steals trash. 小学館ランダムハウス英和大辞典では、文脈的に分かる先行詞を省いて複合関係詞として→(~する、~である)人は誰でも→He wasn't  who he is. ジーニアス英和辞典では(古)→(~する人(達)(~する人は誰でも)→ Who is not for you is against you. ウイズダム辞典では→((関係詞内の補語として)~である人 →She is not who people think she is.と説明されています。まとめてみますと、多少説明の違いはあるように思いますが、~であるという
?s+v(be動詞?では容認され、 ~する?s+v(一般動詞)?では(古)あるいは(文語的)であると扱われているように思われますが、いかがでしょうか。
英語は時代や地域により変化すると思われますので、現代英語においてこのwhoの複合関係詞としての用法をぜひ説明していただきたいと思います。
 
    (管理人) お問い合わせの who の用法のうち、anyone who で置き換えられるものは、現在では whoever や anyone who が用いられることが圧倒的に多く、おそらく理由は、who より後者の言い方の方が意味が明瞭であるからであると思われます。Invite who you want.(招きたい人がいるなら誰でも招けばいいんですよ)でも分かりますが、Invite whoever/anyone (who) you want. の方が、誤解なく、明確であることは明らかです。一方、be 動詞の補語で用いられる who については、「人物像の同定」という機能で用いられます。「人物像の同定」とは、「問われている人物像に該当するか、該当しないか」です。例えば who people think she is であれば、「周りの人は彼女のことをどういう人物だと思っているのですか」という問いがまずあって、その答えが与えられた後に、She is not what people think she is.(彼女はそういう人物像に該当しません)となります。つまり、この場合の who は先行詞を含む関係代名詞というより、むしろ疑問詞と見るのが妥当だと思われます(詳細は、The Cambridge Grammar of the English Language, pp. 1077-1078 を参照してください)。  

could have 過去分詞に関して

 投稿者:aozora  投稿日:2018年 6月11日(月)14時20分30秒
  久保田先生、こんにちは。「あまりむずかしく考えずに、まずは投稿してみてください。」とありますので、又質問いたします。
最近は「could have 過去分詞」、「would have 過去分詞」、「should have 過去分詞」、「needn't have 過去分詞」等を理解しようとしているのですが、なかなかに難しいです。

I could have gone to Oxford University but I preferred Harvard. (Webサイト  English Grammar Secretsより)
この英文中に<because I had passed the entrance examination>を挿入できますか?
I could have gone to Oxford Uniersity because I had passed the entrance examination, but I preferred Harvard.
もし可能ならばこの文は直説法を使用しているのかな?と考えてしまいます。
I could have gone to Oxford University if I had passed the entrance examination.であるなら、仮定法を用いているのはわかります。
拙問だとは思いますがお尋ねいたします。
 
    (管理人) because 節は入れられると思います。ただし、時制は過去完了形 (had passed) にする必要はなく過去形 (passed) でよいと思います。主節の仮定法に対応する if 節は、日本語で表せば、「その気があれば」というくらいでしょう。これを英語で表現しようとすればいろいろ言い方はあるでしょうが、例えば if I had wanted to などが一例です。
 

定冠詞とof句による限定

 投稿者:Aki  投稿日:2018年 6月10日(日)16時45分9秒
  たて続けの質問で申し訳ありません。
直前の質問に関連して、もう一つ質問させてください。
Practical English Usage 1st Ed. の68.articles(7)の4.difficult cases:"half-general"の中で、Swanは次のように書いています。

   In these 'half-general' expressions, we usually use no article. However, the is often used when the noun is followed by a limiting, defining phrase, especially one with of. Compare:
                     eighteenth-century music
                     the music of the eighteenth century

なぜ、ofによる限定は特別なのでしょうか?限定の力がより強い、ということでしょうか?
 
    (管理人) お示しの2つの形のうち、名詞を連ねる eighteenth-century music という形は、英語特有のもので、他のヨーロッパ言語には見いだされません。それだけ英語らしい形であるといえます。本来、無冠詞で用いられる music のような語が、修飾要素を伴っていても、そのまま無冠詞であり続けられるのも、ひとつには、英語らしい形が下支えとなっているからではないかと考えられます。それに対して of 句を用いる the music of the eighteenth century という形はヨーロッパ言語の多数派であり、修飾・被修飾の関係が一目で分かる形になっています。この場合の of 句は「18世紀に特有の」「18世紀という時代を直接反映した」の意で、音楽という抽象概念に一定の枠をはめています。そのような場合に登場する定冠詞は「うしろから限定されていることを先取りする機能」ということで「後方照応」と呼ばれています。注意すべきは、この定冠詞がmusic に直接かかっているのではないという点です。そうではなくて、music of the eighteenth century 全体にかかっているものです。模式で表せば [the][music of the eighteenth century] であって、[the music][of the eighteenth century] ではありません。music は定冠詞をとらないという性質は依然として保持されています。  

that と the one

 投稿者:Aki  投稿日:2018年 6月10日(日)16時33分31秒
  Geniusのthat(代名詞)の⑨の「語法」に

   先行する語が可算名詞で、下記のようにof句以外の修飾語句を伴う場合、the one も用いられる。

との記述があり、次の例文が挙げられています。

           The restaurant above us is busier than the one downstairs.

           This apple is not as good as the one I bought yesterday.

それならば、of句ではthe oneを使えない理由は何なのでしょうか?
 
    (管理人) 確かに、通例、of 句で the one が使えないことが多いですね。その理由は分からないとしか言いようがありません。ただ、すべての of 句で使えないわけではなく、例えば次の性質を持つ名詞の代わりには使えないとされています。

1)不可算名詞:  advice,  arrival など
2)可算名詞であっても、あるものを構成する必須の部分を表す名詞: cover(本の表紙), leg, sleeve など
3)組織内の立場あるいは人間関係を表す名詞: boss,  dean, king, friend など
4)血縁関係を表す名詞: mother, father, sister など
5)目的語をとる動詞の名詞形で人を表す名詞: designer, student, supporter など

*The arrival of the king was followed by the one of the queen.(「女王の到着」のつもり)
Which sleeve did you mean? -- *The one of the dress.(「そのドレスの袖」のつもり)
Which king did you see? -- *The one of Belgium.(「ベルギーの王様」のつもり)
Whose mother is she? -- *The one of John.(「ジョンの母親」のつもり)
What kind of designer is he? -- *The one of dresses.(「婦人服のデザイナー」のつもり)

1)~5)以外では(すべてではありませんが)使える場合があります。

The production of Madame Butterfly was better than the one of Tosca.((プッチーニのオペラについて言えば)「トスカ」より「蝶々夫人」の方が出来映えが良かった)

これ以上には分かりません。
 

比較構文における省略について

 投稿者:Aki  投稿日:2018年 6月10日(日)16時11分45秒
  The climate of Japan is milder than that of Engliand. (江川泰一郎著「英文法解説」より)



The climate of Japan is milder than of England.

のように、thanの後でthe climateを省略できないのはなぜでしょうか?
というのは、Corpus of Contemporary American Englishで次のような文をみつけたからです。

1) China's economy was actually 49% bigger than Japan's.

2) the price of their goods in the United States is now less than in Japan.

3) education is a more significant dividing line in the political behavior of whites than of minorities.
 
    (管理人) 最も標準的な説明としては、「比較は同じ資格をもつもの同士に限られる」というくらいでしょう。the climate of Japan と that of England はともに「(ある国の)気候」を表しているので OK。China's economy と Japan's は、Japan's のような固有名詞の所有格は名詞を伴わずとも先行詞と同じ名詞の省略があると解釈されるので、OK。the price of their goods in the United States における in the US は、「米国固有の」というほど強い意味で前の名詞句を修飾しているわけではなく、たまたま米国で売られている場合の値段に言及しているだけですから、これは the price of their goods という名詞句を副詞的に修飾していることになります。つまり米国という国自体の性質に由来するものごとを表しているわけではなく、単に場所の範囲を表しているだけです。このような副詞表現は動詞句内に移しても意味は変わりません。The price of their goods is now lower in the United States than in Japan. のようにです。問題は前置詞の of が用いられている場合です。the climate of Japan における of は後続する土地に固有の性質を表します。このような強い修飾関係にある表現は分断したり一部を省略することは通例できません。than of England が許されないゆえんです。そこで問題になるのが3)の用例です。この場合の of whites/of minorities はどう解釈されるのかです。「政治的言動の境界線」というのが何を指しているか分かりませんが、この文をふつうに英文解釈してみると、「政治的言動の境界線として教育のあるなしが意味を持つのは、少数民族の人たちより白人たちの方である」というくらいでしょう。つまりこの of whites や of minorities は the political behavior を直接修飾しているというより、むしろ、「~に関して」の意で副詞的に用いられていると考えられます。次の文も類似の構造であるように思われます。Race is even more sharp a dividing line in New York politics [today] than it was [in the early 1960s].  そうであるならば of whites と of minorities は副詞句同士で問題がないことになります。
 

ing形の連続について

 投稿者:Fujibei  投稿日:2018年 6月 5日(火)17時52分42秒
  いつものご指導ありがとうございます。

2011年6月22日、28日の投稿に対するご回答の要旨は「同じ主語をもつ ing 形の動詞を連続させてはならない、連続させる場合は主語を変えよ」ということだと理解しました。

しかし、英字新聞を読んでいると次のような例にいくつも出会います。確かに、他の動詞での例は見当たりませんが、これはconsiderという動詞に特有のものなのでしょうか。そうだとすると、considerでは可能で、他の動詞では許されない、というのが納得いきません。よろしくご解説をお願いします。

1) The Health and Human Services Department is considering housing at military bases those children picked up crossing the U.S. border illegally either alone or after being separated from their parents by the government. (NYT, 2/16/2018)

2) Former prime minister Silvio Berlusconi's Forza Italia party is considering standing aside to let its ally the League form a government with the anti-establishment 5-Star Movement, Forza Italia sources said on Tuesday. (NYT, 5/8/2018)

3) Mark Cuban: ‘I’m Considering’ Running for President
At the DealBook conference, the Dallas Mavericks owner said that “there's a unique opportunity” for an independent voice to enter the 2020 presidential race. (NYT, 11/9/2017)

4) Trump has said he’s considering pardoning others, including businesswoman Martha Stewart, and commuting the sentence of former Illinois Gov. Rod Blagojevich. (JT, 6/4/2018)
 
    (管理人) ずいぶん前の投稿まで読んでいただいているのですね。ありがとうございます。
さて、consider+doing は「要注意」という警告がつくほど解釈がまぎらわしい構文です。例えば、3)の I'm considering running for President. は、「私は大統領選挙への出馬ということを考えている」という意味ですが、この場合、「大統領選挙への出馬」というのは自分が出馬することではなく、出馬という一般論を考えているということです。ただし、一般論として出馬という行為を考えているという場合、読み手・聞き手は、そういうことを考えている本人がその行為を実行することになるのだろうと読み込む傾向にあり、原文自体には本人が出馬するという意味がないにもかかわらず、そういう意味にとられやすく、また話し手・書き手もそういう意味にとってもらいたいがために、意図的にこのまぎらわしい構文を用いているところがあります。consider+doing は doing という動名詞で表される行為が実現しないことを表すことが多く、そういうところに、考えている本人を主語に据えるほど深入りすると、後戻りできない事態に追い込まれる危険があります。それを避けるために、意図的に一般論で表し、撤回しても傷を負わない可能性をいつも用意しているという手法を用いていると考えられます。なお、こういう解釈のあり方については投稿欄のすぐ下の(右端の)「検索」機能で「含意」と入力して検索してみてください。
 

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