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「条件節内の will に関して」(10月22日(日)、投稿者 aozora さん)に対する回答の補足

 投稿者:管理人  投稿日:2017年11月 8日(水)10時02分42秒
  「条件節内の will に関して」(10月22日(日)、投稿者 aozora さん)に対する回答について補足します。

aozora さんのご質問は、「状況次第、文脈次第で複数の解釈が可能だろうとは思います」という但し書きを付け、かつ、強勢の有無に触れることなく、If you will be late, ... という条件節が、「(この先、ある時点で)遅れそうだとなったら」という解釈になるのではないかというものです。つまり、この will に「未来の未来」を読み取るという解釈です。未来時制節に従属する節あるいは条件節に従属する節に will が生じている場合、「未来のそのまた未来」を表すことはよく知られています。One effect of Brexit will be that London <will> seek to reinforce its role and commitments to NATO. (Brexit が決まる前の文章)や、If I find out that the fog <will> go away のような場合です。このような「未来の未来」は、この質問箱でも、「時・条件を表す副詞節」(2010年8月22日(日)、投稿者「たかさん」【回答に挙げてあるリンクはすでに切れています】)で言及したことがあります。が、aozora さんのご質問は、こういった通常の用法ではなく、条件節に直属する will に「未来の未来」の意味がとれるのではないかというものです。

結論から言えば、相当込み入った文脈を前提とすれば、変則的ながら不可能ではない、というくらいになるかと思います。ただし、if 節自体に強勢のない will を置いて、その will に「未来の未来」の意味をとるのは不自然であると感ずる話者が依然として多いこともまた事実であり、そういう変則的な使い方であることを念頭に置いておく必要があります。

なお、英語質問箱の常連のお一人である「メットマン」さんが、4年前に、ご自身のブログでこの問題を扱っていらっしゃるので、あわせてご覧ください。http://metman.at.webry.info/201311/article_3.html
 

Will you...?

 投稿者:メットマン  投稿日:2017年11月 6日(月)13時33分38秒
  久保田先生、滋賀県のH・Mです。また一つ厄介な質問にご回答いただくことはできませんでしょうか。これは尋ねるネイティブ・スピーカーによっても回答が異なるですが、私の尋ねた方によれば、次のような場面では、will youが最も適切で、can youも could youもwould youも使えなくはないが適しているとは言えない、と言うようなコメントをいただきました:

Robert accidentally bumps into a man with a camera and breaks it. Robert feels sorry and says: I’m sorry. Will you send me a bill for the damage? (シナリオ『オーメン(1976)』)

どうしてwill youが最も適しているのでしょうか?劇中ではグレゴリー・ペックの演じたロバートは大使館員で、報道カメラマンより地位が高いからなのかとか、いろいろ可能性を考えましたが、それはあまり関係なさそうです。ここでwill youが選択された理由は、カメラを弁償するとは言え、弁償することは相手の利益にも繋がるので、このような場合、命令文やwill youを用いて指示的に言うほうが謝罪の言葉としては効果的で、would you やcould you のようなimplied conditionalでは、なんなら断ってくれてもよい、送ってこなくてもよい、と言っているように聞こえるので謝罪の言葉としては誠意に欠けるのかな、とも考えましたが、いかがなものでしょうか。また、can you も依頼なので、やはり謝罪の言葉としては誠意に欠けるのかな、と思ってしまいました。Please send…が最も適していると言うネイティブ・スピーカーもいました。いつもお忙しいところ恐れ入りますが、ご回答、よろしくお願いいたします。
 
    (管理人) お考えのとおりでよいのではないかと思います。Will you send me a bill for the damage? は疑問文の形をしていますが、この文における will は「相手の好意に依存した依頼」を表す口語的な用法で、日本語に訳せば、「請求書を送ってください」というくらいのていねいな言い方になるものです(COBUILD などはこの用法の will をはっきり "polite" と記述しています。Can you ... ? ではていねいさは出てこないでしょう)。英英辞典や英和辞典の中にはこの will の用法を「please と同義」と解説しているものもありますが、please を持ち出す解説には注意が必要で、please は基本的には話し手の利益になることを相手に依頼する場合に用いる表現であって、相手のことを考えているわけではないのですから、この場面で please を用いると、被害者ではなく加害者の利益が前面に出ることになりかねません。あまり断定的な言い方をするのは危険ですが、とっさのことであったとしても、自分が加害者であることを考慮して、Please ではなく Will you ... を用いたのではないかと想像されます。
 

動詞の位置について

 投稿者:lilico  投稿日:2017年10月31日(火)23時36分46秒
  What do you think the key to success is?という文が新聞の簡単なビジネス英語欄に載っていました。(セイン・カミュ)
大昔にはWhat (do you think) is the key to success? と覚えた記憶があるのですが、間違いだったのでしょうか?括弧部分を挿入すると考えるので、動詞が重なってもいいという説明だったように思います。
セインさんの文ではどういう構文(構造)になるのでしょうか?
とても気になりますので教えていただければ大変嬉しく思います。宜しくお願いします。

 
    (管理人) A is B. という構文は、条件次第で、B is A. と語順をひっくりかえすことができる場合があります。たとえば、(1) Creativity is the key to success. は (2) The key to success is creativity. とも表現できるという具合です。この2つの文における creativity を what に換えて疑問文をつくってみると、どちらも (3) What is the key to success? となります。もちろん、(1) の文はそのままの語順で (3) になりますが、(2) の文は、what を文頭に出し、is と the key to success を入れ替えることによって (3) をつくります。以上の説明は主節を wh-疑問文にした場合のものです。もし従属節で同じことをした場合、たとえば do you think の従属節で同じことをした場合は、標準的な英語では従属節で主語と助動詞の倒置が起こらないので、(1) はそのままの語順で What do you think ____ is the key to success? となり、(2) は What do you think the key to success is ____? となります(下線部はもともと what があった位置です)。どちらの語順を選ぶかはさまざまな要因によります。___ is the key to success の語順を選んだ場合は、____ に名詞を置いて、「____ こそが成功の鍵だ」という同定文としての答えを求めている場合で、the key to success is ____ の語順を選んだ場合は、多くの場合、____ に to 不定詞あるいは動名詞を置いて、「成功の鍵は ____ することにある」という対処の方法を答えとして求めている場合です。
 

否定語の位置について

 投稿者:セルジオTR  投稿日:2017年10月28日(土)06時54分32秒
  久保田先生お世話になります。今回は否定語 not の位置について質問させてください。

ずいぶん前に放送されていたのですが、NHK教育テレビの「しごとの基礎英語」という番組の season1(2013年放送)の第45回で、旅館の浴場の湯船で体を洗った外国の客に注意をする、というシチュエーションを英語で表現するといった内容のものがありました。その際の模範解答が

Did you not know?  We strictly prohibit the use of soap in our communal bath.
ご存知ありませんでしたか。湯船で体を洗うのは禁止です。

となっていました。問題にしたいのは第一文の not の位置です。否定疑問文なら

Didn't you know?

でいいのではと思うのですが、あえて not を did と短縮させないで、しかも動詞の前に持ってくるのにはどんな理由があるのでしょうか。どちらの場合においても訳には大差ないように(というより日本語にしてしまえばまったく同じに)思えます。
私が考えたのは not を動詞の直前に置くことで、動詞の意味をより強く否定するのではということです。つまり、Didn't you know? だと「[あなたが知っている]ということはなかったのか」という問いかけとなり、相手が知らなかったことを疑問に思うのに対し、
Did you not know? では相手のことは問題にせず、[知らなかった]ことを問題視しているのではということです。
否定疑問文における、not と助動詞の分離は時々見かけますが、その度に、日本語にすると特に違いは感じられないのに何が違うんだろうと常々疑問を感じておりました。

よろしくご教示ください。
 
    (管理人) Did you not know? のように、not が直接、本動詞と組んでいる疑問文は、はじめから、後続する文の内容を相手が知らないということが前提になっており、疑問というより、相手に内容を確認させるために用いられるものです。したがって、Did you not know? は、疑問文の形をしていますが、話し手は聞き手が Yes あるいは No で答えることを期待しておらず[そういう答え方をするのを許さず]、「湯船で石鹸を使うのは堅く禁じられているんですよ[いけないことなのですよ]」と、有無を言わさず、その内容を確認させている(押しつけている)といった趣があります。そうすると、Did you not know? は、「ご存じありませんでしたか」と直訳せずに、「いいですか」「あのですね」というくらいの念を押す日本語に相当すると考えるのがよいと思います。それに対して Didn't you know? のように、not が do と組んでいる疑問文は、後続する文の内容を知っていることが期待されているとはいえ、正真正銘の疑問文で、たとえば相手が No, I did not. とか、Of course, I did! と答える余地を認めていることになります。
 

特殊な(?) the -er, the -er 構文

 投稿者:4K1  投稿日:2017年10月22日(日)22時15分46秒
  次の文はThe Young Spinoza: A Metaphysician in the Makingという本からの引用です。

    The more
our knowledge of things is certain and particular, the less it is possible for us to feign.

この文で the more the less はそれぞれ何を修飾しているのでしょうか?
もし、それぞれ certain and particular と possible を修飾しているのならば、この文は

    The more certain and particular our knowledge of things is, the less possible it is for us to feign.

となるはずだと思うのですが。
 
    (管理人) このご投稿とほぼ同趣旨のご投稿が、2016年8月23日(火)(投稿者 yama さん)にあります。その回答をご覧ください。なお、専門的なお話になりますが、言語学辞典や英語学辞典では、この現象はチョムスキーが提唱した「下接の条件」で説明し尽くされたかのごとく説かれていることがあります。が、実際には、この現象を最初に詳細に分析した John R. Ross (1985) "Infinite Syntax" (Ablex Publishing Corporation)[1967 年の博士論文を公刊したもの]の 121-147 ページには、このチョムスキーの統合的仮説でも捉えきれない現象が残されたままになっています。このたびの用例もその未解決の現象と同じ部類に入るもので、統語論的な条件だけで説明しようとすると 4K1 さんや yama さんが遭遇したような文に出くわして、誰もが首をひねることになります。おそらくこの現象は、統語論的な条件に加えて、中右実 (1981)「モダリティと命題」(『現代の英語学』、開拓社)や同じ著者による (1983)「文の構造と機能」(『意味論』、大修館)で論じられている「既定性」という意味論的な概念と関連させてはじめて一定の解決に至るもののように思われます。いずれにしても、このたびの現象はこの質問箱で詳細に論ずるにはあまりにも大きな問題が背後にあるので、いまは上記 yama さんへの回答内容にとどめておきます。
 

条件節内のwillに関して

 投稿者:aozora  投稿日:2017年10月22日(日)16時32分51秒
   下記の質問がアルクのホームページ内の英会話質問箱にありました。

<< if節の中に未来形が来る場合はどのようなとき?

中学校ではif節の中は現在形、カンマより後を未来形で書くと習いました。しかし、If I'm late, I will call you.とIf I will be late, I will call you.は両文とも文法的に正しいが意味が違うと聞きました。if節の中に未来形が来るときと来ないときには、どのような違いがあるのでしょうか? >>

 担当者による解釈は次の通りです。

1.If I'm late, I will call you.「(遅れるかどうかは分からないけれど)もし遅れるようなら、そのときはあなたに電話しますね」

2.If I will be late, I will call you.「(遅れる意思があれば=)遅れるつもりなら、そのときは連絡します」

 素人がプロに盾突くつもりはないのですが、私の解釈ではどうしても次のようになってしまいます。(状況次第、文脈次第で複数の解釈が可能だろうとは思います。)

1.If I'm late, I will call you.「遅れたら、連絡を入れます」

2.If I will be late, I will call you.「(この先、ある時点で)遅れそうだとなったら、連絡を入れます」

 今回も久保田先生のご意見を伺いたく思いました。よろしくお願いいたします。
 
    (管理人) アルクのホームページにあるという解説で正しく、問題ありません。このような will の用法は if 節とからめて論じられることがありますが、will に、(1)強勢があり、(2)('ll という短縮形ではなく)will という非短縮形が用いられている場合は、それが主節にあろうと従属節にあろうと、主語の意志や好意を表します。これは if 節に限った用法ではありません。主語の意志を表す if 節の will はもう挙げるまでもないと思うので、参考までに次のような用例を挙げておきます。If you will get the cups ready, I will make the tea.(カップを用意してくだされば、紅茶を入れますよ) この場合、if 節の will は主語の好意を表し、主節の will は主語の(意志の下位概念である)約束を表します。
 

onceに続く仮定法の文に関して

 投稿者:aozora  投稿日:2017年10月17日(火)13時51分36秒
   ご無沙汰いたしております。

Once we had realized our errors in history, we'd all be struck with pricks of conscience and rectify our moral defects.

 あるサイトの質問コーナーに提示された上記の英文に「過去に歴史上の過ちに気づいていたとするならば、(それを顧みて)現在良心の呵責から道徳的欠陥を直すことになるだろう」という訳が付いています。接続詞がifならばそういう読みになると思うのですが、onceだと違う解釈になるのではないかと考えてしまいます。「この先、歴史上の過ちに気付いたということになれば、良心の呵責から道徳的欠陥をなおすことになるだろう(が、そういうことはおそらくない。)」

 久保田先生のご意見をお聞きしたいです。よろしくお願いいたします。


                
 
    (管理人) もともと once の接続詞用法は、If once ...(もし・・・ならば、即座に)、When once ...(・・・したら、即座に) の省略形ですから、内容的に仮定法が含まれていれば、if があるのと変わらない意味になるものです。ただ、その内容を日本語で表現するとなると、若干の工夫が必要でしょうね。その点、aozora さんの日本語訳の方が意味の通りがよいように感じます。が、さらに一歩踏み込んで、この once の用法の本来の意味に立ち返って、次のように訳してみることもできます。前後の文脈が分からないので、aozora さんの読みを参考にします。「この先、我々が歴史上犯してきた過ちに気付いたということになれば、その瞬間に、良心の呵責に苛まれ、これまで犯してきた道徳心の欠けた行動を正そうとするだろう」。ご参考までに。
 

was going toは「するつもりだった(過去のことではなくて,親切な誘いを断るときに使う時)」

 投稿者:PETER  投稿日:2017年10月 8日(日)17時52分7秒
  ご多忙のところおそれいります。どうも辞書やネット検索ではよくわからない問題があり,この掲示板にて先生に教えをこえればとおもいやってまいりました。ご面倒ですがよろしくお願いもうしあげます。

日本語では,

A:「明日駅まで送っていってあげるよ」
B:「ありがとう,でも途中ちょっと寄り道するつもりだったからいいよ」

なんていうように,「つもりだったから」という場合もありますね(もちろん,「つもりだから」もつかいますが)

これを英語で,

A: I will give you a ride to the station tomorrow.
B: Thanks, but it's ok. I was going to drop at somewhere.
(英語のまずさはちょっとおいといてください)

というように,未来のことですがwas goingとやることはあるのでしょうか?

was going toはやるつもりだったけど結局やらなかったときの表現と理解しています。

いかがでしょうか?

つまり,am goingはたぶん問題ないと思いますが,日本語と同様にwas goingともいえるのでしょうか?

私は英語の過去形(進行形も)は丁寧なI was wonderingなどは例外として,過去のことでないとおかしいと思います。
 
    (管理人) 結論から述べると、お示しの日本語原文の内容を was going to do と過去時制で表現するのは難しいと思われます。日本語の「(だっ)た」は過去時制というより完了相であり、ある時点より前に起こったことを表します。英語のような言語における過去時制は、現在時(=発話時)とつながっておらず、現在時との間に断絶があります。完了相は、ある時点より前に起こったというだけで、その結果なり状態なりの現在時へのつながりの有無は無指定です。「(だっ)た」が過去時制でないことは、例えば、「あ、明日は給料日だった」のような用例から明らかです。これは「気づき」と呼ばれる現象で、既知(であるはず)の出来事やことがらが、発話の時点における話し手の意識の中に、ふと、浮かんだ、ということを表しています。お示しの「途中ちょっと寄り道するつもりだった」というのも、既知の予定をあたかもいま思い出したかのように表現し、偶然性を装っている(それだけ相手への配慮がある)ということになるのではないかと思われます。お示しの文脈では、(主語がIならばsomewhere 単独では他人事のように聞こえるので) I'm going to drop by somewere for lunch. とか、あるいは be going to を用いなければ somewhere 単独で I have to [need to] drop by somewhere. というくらいが妥当かと思います。
 

Would you mind~に対する答え方について

 投稿者:セルジオTR  投稿日:2017年10月 7日(土)08時29分21秒
  久保田先生、大変ご無沙汰しております。
今回は平成10年度の灘高校の入試問題から質問です。

“Would you mind saying it again?”
に対する不適切な応答を一つ選べ、という問題で

(a)“Yes,I will.”
(b)“Certainly not.”
(c)“I'd be glad to.”

に対して私は(a)だと思ったのですが、模範解答が(c)でした。

mind が「気にする、嫌がる」という意味なので、了承する場合は (No ,) not at all. や Certainly not. となることや、Sure. や All right. でも良いこと、了承しない場合は Yes,I do mind. や I wish you wouldn't. などと言えることは辞書で確認できますが、(a)のように will を使うことなどあるのでしょうか?

確かに(c)の「喜んで」も、意味上、変だなとは思うのですが、慣用的に Sure. や All right. が認められるならアリなのかもと思うのですが…。

私が思うに(c)を不適切とする理由の1つに、不定詞の to の後ろに mind が省略されてるのではということです。そうであるならば「喜んで嫌です」となり、明らかに不適切ということになる気がしますが、それ以上にこの応答として will で返事をするのを見たことがありませんし、辞書でも確認できませんでした。

よろしくご教示ください。
 
    (管理人) おひさしぶりです。相変わらずご活躍のご様子で、なによりです。

さて、お問い合わせの Yes, I will. は、Yes, I will say it again. の省略形です。ですから問題ありません。断る場合なら、Yes, I do. となります。このような違いは、相手の発言の「意図」に対応するか、「文の形」に対応するかによって生じます。Would you mind saying it again? という疑問文の「意図」は「もう一度おっしゃってください」というようなものでしょう。その意図に肯定的に対応するなら、「ええ、いいですよ。もう一度言いましょう」となるので、Yes, I will. となります。この場合、Yes, I do. で同じ意味を伝えることはできないかという疑問も生じてくるかもしれませんが、仮に I do. を I say it again. の意味で用いようとしても、単純現在時制文ですから、「私はそれをもう一度言うことにしている」というくらいの意になって、文脈に合いません。一方、文の形に対応する場合は、返答は主節の動詞を中心に組み立てられるのが通例ですから、Yes, I do. は Yes, I do (mind ...) と等価となります。ついでながら、I'd be glad to. は、mind のような持って回った言い方ではなく、Would you say it again, please? などのもっと直接的な依頼・懇願の表現に対する応答に用いるのが通例です。
 

回答の再開

 投稿者:管理人  投稿日:2017年10月 3日(火)15時18分50秒
  みなさま

新しい職場での仕事も一段落つき、たまりたまったご質問への回答にようやく時間がとれるようになりました。順不同ですが、ご質問に回答します。
 

現在の推量を表すwould

 投稿者:frontier  投稿日:2017年10月 1日(日)05時27分10秒
  久保田先生,ご無沙汰しております。
今回は助動詞wouldの用法について質問させていただきます。

It would be more accurate to call it morning stretches.
「それを朝のストレッチと呼ぶ方が,より正確だろう」
という意味になると思いますが,ここで使われているwouldは「現在の推量」かと思います。
しかし一方で,「現在」のことを「過去形would」で表すのは「仮定法過去」でもあると思います。
そうであれば,この文は
「(それを朝のストレッチとは呼んでいないが,もし仮に)朝のストレッチと呼べば,その方がより正確だろう」としてwouldを「仮定法過去」の用法として説明することも可能でしょうか。

助動詞の用法識別は非常に難しく感じます。ご教授ください。
 
    (管理人) 「仮定法過去」というのは、形式上、if や as if、あるいは wish などに導かれる従属節に、発話時(現在)に事実でない内容が含まれているものを言うのが、通例です。たとえば If I were (was) you, I would ... というような場合です。この場合、どうやっても「私があなたである」というのは成り立ちません。それに対して、別の名称で呼ばれていることを「朝のストレッチ」と呼ぶことは、やろうと思えば、難なくできることですから、「仮定法過去」には該当しないことになります。お示しの文では、話し手は、It is more accurate ... というような断定形で述べると差し障りがあるとでも思ったのでしょう、その断定を弱めるために would を用いた、という説明が妥当かと思います。仮定法というより、「控えめな言い方」と言った方が妥当かもしれません。  

形式目的語

 投稿者:tabby  投稿日:2017年 9月19日(火)10時24分16秒
    次の英文をJETが間違っていると指摘。I think it important to sutdy hard.
  形式主語構文のIt is importatn to study hard. が正しいとのこと。

 手元にある英和中辞典では、thinkに5文型の用法があり、例文で形式目的語があることを
 みせましたが、同意しないとのこと。Wisdomでは「かたく」の表示があるので、あまり
 使用しないのかもしれまんせんが。ちなみにJETはニューヨーク出身でTESLを専攻している
 方です。

 ご意見をお願いします。  
 
    (管理人) 「I think+名詞+補語」の形は、ラテン語の構文を直訳したもので、本来、英語にない形でした。「かたく」という表示のある辞書があるというのも、外国語的な表現であることに関係しているのかと思われます。この構文は、通例、主語の直接体験にもとづく意見陳述を表し、客観的というより、むしろ主観性の高い表現として用いられます。たとえば、I think it highly unlikely that I'll get the job. のような文は、その職に就くことが難しいということを主語が身をもって感じていることを表しています。I think it is highly unlikely ... となると、事態をやや遠くから見ているといった意味合いが感ぜられます。そこでお示しの文ですが、It is important to study hard. は誰にとっても異論のない内容であり、そこに「他の人はどう思っているか知らないが私は・・・」というような強い主観性は入りにくいように思われます。試しに COBUILD 辞典 のデータベース (WordBank) を調べてみたところ、「think + it(+be)+ important」の用例が 11 例、掲載されています。そのうち9例には be 動詞があり、be 動詞のない用例は2例でした。お示しの形が決して用いられないということはないにしても、あまり用いられない形であることを裏付けているように思われます。
【tabby さん、投稿規定にあるように、管理人宛に自己紹介をしてください】
 

中学におけるsome とanyの指導

 投稿者:takakyu  投稿日:2017年 8月25日(金)19時13分47秒
  中学の英語指導でやさしく思えて、実はなかなか会話表現では難しいと思われますのがsome とanyの使い方ではないでしょうか。中学で教わるsome (肯定文)と
any (疑問文と否定文)の知識が高校や大学に行ってまで頭から離れないでいるように思われます。中学2年生になりますと肯定の答えを予期したり、依頼を表す文
等も教えられます。しかしながら、高校や大学に入りますと、これだけの使用方法では、どうにもならない場面に出会うこともあるのでは?これでいいのか大学入試英語
(上)(河上先生他2名 ー p186-188)においてsomeとanyの問題文では両方の使用(some とany)可能な問題が多く指摘されています。私も高校で間違った
問題を作成したことがなければと思っています。河上先生は上記の本の中でsome とanyの使い方はもっと複雑であり、---用法上の区別はここで一言で述べられる
ほど簡単ではないと説明されています。someとanyの使い方を受験生に要求するのはどうかしているとも述べられています。それほど簡単ではない使用法なのかと思います。英語表現辞典(第2版ー研究者ーp73)の説明ではanyは疑問や条件に用いられるが、その裏には否定観念があるからで、疑問や否定にsomeが用いられる場合は
実質上肯定観念がある。と説明されています。私も大学や教育現場での指導書で学んだ用法は、someは存在、可能性に対してあらかじめ肯定的な気持ちが、anyは
肯定・否定どちらも意識されない使い方であると記憶しています。ネット上や多くの語法書に説明されていますが、ここで質問したいことは
中学の時からsome とanyの持つ肯定観念と否定観念を簡単に教えて指導しておきますと、もっと簡単にこれら2つの語がもつ本質的意味を理解できると思いますが
いかがでしょうか。よろしくお願いいたします。→ Didn't  I  lend you some money? はI am sure I lent you some money.であったり
                      → "Hey! Hello! Can somebody help me here ? ANYBODY ?" ネット上の説明文ですが、病院で産気ずいた女優
                        がーー誰かいないの、--誰でもいいからと叫んでいる場面です。someとanyの感じがよく出ていると思いますが。
 
    (管理人) 私は中学生に教えたことがないので、some と any について初学者にはどのような説明が適しているか、よく分からないのですが、はじめの一歩ということであれば、「肯定観念」と「否定観念」に大別して教授することに大きな問題はないと思います。これまでも多くの先生方がそのようにお教えになってこられたのではないかと思います。ただ、「肯定」「否定」という言葉につられて、「some は肯定文で用い、any は否定文・疑問文で用いる」というような誤った認識につながっては、元も子もありません。それを避けるには、「肯定」「否定」という表現を用いないという決断もあってよいように思います。この質問箱でも幾度となく論じましたが、some は、質・量に関して「一定の基準を上回っている」と話し手が考えていることを表し、any はそのような基準を考慮しないことを表します。たとえば some money と言った場合、話し手は一定(以上)の金額を念頭に置いています。そして、それを聞き手に対して用いるということは、聞き手もおおむねその金額を推し量ることができるという判断に立っています。それゆえに、最初の文において当該の含意が生まれます。また2番目の文では、最初は医師や看護師など「しかるべき資格を持った誰か」を求めていたのが、切羽詰まって、「誰でもいいから!」となっています。こういう視点も取り入れられてみてはいかがでしょうか。
 

回答の遅延について

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 7月31日(月)17時55分55秒
  みなさま

この数週間に複数人の方から質問が寄せられています。が、申し訳ないことに、慣れない校務で忙殺され、回答が遅れています。いましばらくお待ちください。
 

「having had already p.p. に関して」(aozoraさん投稿)について

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 6月24日(土)17時57分50秒
  「having had already p.p. に関して」(aozoraさん、2017年6月21日)で質問の対象となった the condition of having had already perpetrated an act or crime という表現について、極めてめずらしい表現であり、また、他に同形の表現が見当たらないことから、出典元の誤記あるいは誤植の可能性が排除できません。そのため、慎重を期するために、回答を撤回し、質問自体をいったん質問箱から外すことにいたします。その後の調査であらたに判明することがあれば、再度、掲載します。  

be going to の用法について

 投稿者:Fujibei  投稿日:2017年 6月 3日(土)06時07分19秒
  いつものご指導ありがとうございます。

今回は昨日のCNNの記事(トランプ大統領の気候変動に対する考え方)についてです。最後の方に、記者のしつこい質問に困った大統領側近が、"You are going to have to ask him. You are going to have to actually ask him." と答えています。この文脈でのbe going to はどんな意味を持っているのでしょうか。通常の「予定」とは考えられないのですが、ご教示ください。


At no point was Zinke able to shed light on Trump's climate change views.
"You should ask him that and I hope you have a chance," Kellyanne Conway, a top Trump confidante and White House adviser, said Friday on ABC. When pressed, Conway said Trump "believes in clean air, clean water, a clean environment and believes we have to negotiate better deals for this country."
And Gary Cohn, Trump's top economic adviser, deflected when asked the same question by CNN on Thursday.
"I am answering what the President is committed to," he said, later adding, "You are going to have to ask him. You are going to have to actually ask him."
Journalists would love to. But Trump has largely avoided answering questions in recent weeks.
 
    (管理人) be going to については何度か取り上げているので詳述は避けますが(be going to で検索してください)、この表現は「このままゆけば~することになる(なってしまう)」というほどの意で、良くない事態の招来を表すことが多いようです(Cf. I'm going to go to Japan.(日本に行くはめになりそうだ))。お示しの場面では、「そんなにお知りになりたければ、大統領に(直接)おたずねになるより仕方がないんじゃないですか」というくらいではないでしょうか。なお、この種のご質問の場合は、「採用の基準」のところに記してあるように、分からないところがあっても、もう少しご自身でお考えになったところを書き添えてください。
 

発音による意味の変化について

 投稿者:tty  投稿日:2017年 5月14日(日)00時09分8秒
  今回もよろしくお願いします。
英語質問箱を昔のものから見返していた中で、2008年7月21日の、「「2、3の」という意味は英語で何と表現したらよいですか、」
という質問の答えに「・・・one or twoのor に力を込めて [w?n ?:?(r) tu:] と発音すると「1つまたは2つの」の意となります。
or を軽くして [w?n?(r)tu:]と発音すると「2、3の」の意になります。」とあるのを見つけました。
ネット上の辞書でone or twoを調べると確かに2,3のと書かれているものもあります。

orを軽く言うと2,3のという意味になるのは何故でしょうか。
日本語にはないルールだと思うのでとても不思議に思ったのですが、私の考えは
・orを軽くいう事でone or twoのoneとtwo、またはorと発音がくっつくoneがそこまで注目されなくなる
・orを軽くいう事でorの前後がそこまで重要ではなくなりorの前後の縛りが弱くなる
・orを軽くいう事でone or two (or three or・・・)のようにtwoの後も続くように感じ、oneの注目が弱くなり、2とその後の3に意識が行く(根拠はありませんが個人的にはこれが答に近いかと思いました。)
のどれかではないかと思いました。

また、「2,3くらいの」ではなく「(厳密に)2か3の」という事でしょうか。orを軽くいう事で「1から4くらいの」、
または「2から4の」のように多少の幅を持ったりするのでしょうか、それとも「2,3の(1や4は入りません)」という事なのでしょうか。
one or twoでは言っていない3を取るなら、言っている1も含めて1から3の、のように1も入ったりしそうな感じがするのですが、もし入らなければ、なぜ入らないのでしょうか。

これはone or twoに限った事でしょうか。例えば、two or threeもorを軽く[tun?(r)θrí?](トゥナスリ)のように言ったら2,3の、ではなく3,4の、という意味になりますか。

今回の質問のように、文を書き換えるのではなく、発音を軽くしたりするなど、発音に変化を付けることで意味が変わる例として挙げられる例や話題になるものなどは他にありますか。
このようなものは「○○問題」や「○○化」のような学問上何か名前の付いているものなのでしょうか。英語を勉強していてこのようなものに出会うと、本当に興味深く感じます。
ご説明をよろしくお願いいたします。
 
    (管理人) 論点を一つに絞ってお答えします。まず、事実として、数値や程度を表す表現をあいまいにすると、多くの場合、上の方に数値や程度が広がる傾向にあります。one or two や a couple of が「2,3」の意になる場合が典型であり、また、本来「厳密な同一性」を表す as を、A as ~ as B の形にすると、「Bと同じ(くらい)」の意ではなく、「Bに勝るとも劣らない」の意になる場合もこれに該当するでしょう。さらにまた、本来、確率が 50 %であることを表す may は、厳密には「Aになる確率とAにならない確率が同じ」であるはずなのに、通例の用法では、「Aになる確率」の方が少し高いという話し手の意識を表します(may に、「かもしれない」という、確率を低く見積もる日本語を当てると文脈にそぐわないことがしばしばあるのも、このためです)。いずれの例も、当該の表現に含まれている特定の値を最低値として定めて、それよりほんの少しだけプラスの方向に意味の範囲を広げています。one or two や a couple of をややばくぜんとした意味で用いる場合、「2、3」という数字そのものが問題であるというよりも、(おっしゃるように two に引き寄せられてか)意味の範囲が単数と複数の境界線から複数の領域の方にずれて、「小さな複数」を表すようになったものでしょう。それも単数から離れすぎない複数というと、「2、3」あたりが妥当な数字ということになるのかと思われます。OED はこれを "a very few"(非常に小さな複数)と定義しています(したがって「1」は含まれないことになります)。「4」はどうかというと、a few であれば含まれる可能性はあるでしょうが、a very few の語感では(不可能ではないでしょうが)文脈による支えが必要かもしれません。  

「tough 構文」の解釈について

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 5月 9日(火)15時54分23秒
編集済
  「It is 形容詞 to do」(投稿者:まさゆきさん、2017年 4月22日)への回答において、(2)の構造における「for+名詞句」と to 不定詞との関係に関して、わたくしは次のように記しました。「名詞句は主節内の要素で、to 不定詞の主語は不定。「~するのはAにとって interesting である」の意。ただし、「~する」の主語にAが含まれる可能性は必ずしも排除されません。」 この記述に関して、同僚で東北大学名誉教授でもある溝越彰教授から、「「~する」の主語にAが含まれる可能性は必ずしも排除されません」という部分が一般の人には分かりにくいのではないかとの指摘を受けました。そこで、回答を補うことにします。

この構文は、言語学者は「tough 構文」というニックネームで呼んでおり、もともと easy や tough といった難易を表す形容詞を組み込んだ文から研究が始まりました。その研究の過程で、「for+名詞句」は主節の要素なのか従属節の要素なのかが問題になり、主節の要素の場合は「誰々にとって」という日本語で表される意になります。問題は、従属節の要素でもない「for+名詞句」の名詞句が従属節の to 不定詞の主語でもあるという解釈がまかり通っていた(いる)ことにあります。この名詞句が to 不定詞の主語になる条件を満たしていないにもかかわらず、です。

そこで、どうして、多くの研究者が主節要素の名詞句を to 不定詞の主語だと誤認していたかを考えてみることにしました。以下、概略のみ記します。話を簡単にするために、easy を用いた文から始めることにします。

「ある行為が、誰それにとって容易だ」という文は、「その人がその行為をする」とは言っていないものの、この文を聞いた人はそう推測しやすいのではないかと思われます。つまり、誰それにとって、ある行為の難易が問題になる場合は、その人がその行為をするんだなと受け取られやすいとうことです。これは難易だけではなく interesting や dangerous のような評価の場合も同じです。「ある行為が、誰それにとっておもしろい・危険だ」と言われれば、聞いた人は、その人がその行為をすると思い込みやすいのではないかと思います。

ところが、その人が別の人を差し向けてその行為をすることもありうるのですから、こういう解釈は、一律に一つの名詞句が、そしてその名詞句だけが、主語として解釈されるといったようなものではなく、「そうとられやすい」というにすぎません。これを「含意」(implication) と言います。「含意」は様々な要因によって膨張したり収縮したり、また、消えてなくなることすらあります。こういう、いわば、聞き手が想像を膨らませた解釈を、わたくしは、「「~する」の主語にAが含まれる可能性は必ずしも排除されません」と少々慎重な言い回しで表現しました。もともと不定詞はわざと主語を削って、それは文脈や常識で補えということですから、まさに「含意」なのです。これが、主節要素の名詞句であるにもかかわらず、to 不定詞の主語のように感ぜられる背景ではないかと思われます。
 

関係代名詞whichの用法について

 投稿者:Fujibei  投稿日:2017年 4月27日(木)15時52分5秒
  いつものご指導ありがとうございます。
引き続き関係代名詞の質問をさせてください。

次の引用はトランプ大統領の最近のツイッターです。

“The Wall is a very important tool in stopping drugs from pouring into our country and poisoning our youth (and many others)!” the president tweeted this week. “If the wall is not built, which it will be, the drug situation will NEVER be fixed the way it should be!”

最後の文、If the wall is not built, which it will be, the drug situation will NEVER be fixed the way it should be!の中ほどの挿入句(which it will be)のwhichの先行詞は何になるのでしょうか。wallのように思えますが、そうだとすれば、itは何を指すのでしょうか。よろしくご教示をお願いします。
 
    (管理人) お問い合わせの which は、英和辞典にも記載されている、「補語」を受ける関係詞です。この場合の「補語」は品詞を問いません。be 動詞の支配下にあるものであれば、名詞句でも、形容詞句でも、(形容詞句の一種と考えられる)受動態でも、かまいません。which は 直前の built を受け、それが関係詞節の補語として機能していることになります。  

疑問詞か関係代名詞か

 投稿者:frontier  投稿日:2017年 4月27日(木)03時03分4秒
  久保田先生,いつもありがとうございます。
今回は,疑問詞と関係代名詞の識別(境界線)について,ご教示ください。

以下は,アメリカの社会習慣について述べた文章の一文です。
They often ask such questions to learn what they may have in common with you or to begin a conversation.

上記の文の,to learn what they may have in common with you の箇所のwhatの働きについて
①疑問詞ととらえれば「あなたとの共通点が何であるのかを知るために」,
②関係代名詞ととらえれば「あなたとの共通点を知るために」
となり,どちらと捉えても可能であるように思われます。
《英語教師の英文法(吉田正治著・研究社)p.132》の解説によれば,統語的基準では(a)不定詞構文に書きかえられれば疑問詞と考える,(b)疑問詞節を取る動詞の性格(質問・疑問を表す動詞/認識・知覚・発言などを表す動詞は疑問詞節と考える)から判断する,とあります。
上記英文では,learnの目的語となっていることから「認識」と考えて疑問詞と判断する根拠になるでしょうか。それでも,learnの直接の目的語は「(はっきりしている)相手との共通点」(=the thing which)ととらえる可能性は排除できないような気がします。

よろしくご教示ください。
 
    (管理人) what が「何」の意であるか「もの・こと」の意であるかを判定する一番簡単な方法は、当該の動詞が whether 節をとることができるかどうかです。whether 節をとることができれば、what はどちらの意にも解され、あとは文脈から絞り込んでゆくことになります。whether 節をとることができなければ、疑問文をとることができないということであり、したがって what を「何」の意で解することはできず、「こと・もの」の意に限定されます。learn は whether 節をとることができるので、文脈しだいで、どちらの意にも解されうることになります。それに対して、たとえば regret のような動詞は whether 節をとることができないので、I don't regret what I did. における what は「こと」の意にのみなります。  

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