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はじめまして。
すごいですね。勉強になります。
でも、若干憂鬱に成ります。
働きながらこの量を勉強して、そして自分でレポートを作っているなんて、尊敬に値します。ぼくは現役なのに・・・
勉強したことがところてん式に抜けていきます。
ディラックの量子力学は洋書、日本語(復刻されたので買いました)、共に持っているのですが、日本語版は漢字が古くて読みづらいし、洋書も読むのに時間がかかってしまって・・・
それで疑問があるのですが、運動量と位置の不確定性関係で、位置の測定の精度がよければ、運動量がmcをこえませんか?項等演算子が-∞から∞というのも疑問ですが。相対論的量子力学できっと解決しているのだろうと思っているのですが、相対論的量子力学や場の量子論では不確定性原理ってみかけません。せいぜいフェルミオンやボソンの交換関係ぐらいです。
それから、場の量子論の本は基本的にラグランジアン密度から出発するのですが(そのああとルジャンドル変換でハミルトニアン密度をだす)、でも僕は、ラグランジアンからクライン-ゴルドン方程式や、ディラック方程式の導出をみたことがありません。どちらかというとハミルトニアンよりの導出しかみたことがないのです。その後ルジャンドル変換でラグランジアンに持っていくことはできてもラグランジアンを出発点にできません。ラングランジアン密度を出発点にするのはローレンツスカラーであるからだというのは分かりますが。「シュレーディンガーの方程式を満たす場から何が飛び出すか?」関連の話です。
あと、なぜ時間演算子がないのでしょうか?場の量子論では位置も演算子からパラメータに落ちるみたいじゃないですか。作用が時間積分(時空積分)であることに原因があるとおもうのですが。では、なぜ作用が時空積分なのでしょうか。その被積分関数であるラグランジアン(密度)が運動方程式を与えたり、ローレンツスカラーなんでしょうけど。時空というものが特別扱いされているような、演算子であるエネルギー、運動量とどちらが本質なんでしょう。演算子であることと、パラメーターであることの違いは何でしょう?
エネルギーや運動量のやりとりはあっても位置や時間をやりとりするということはありませんしね(スピン演算子は?)。演算子を作用させるということは摂動の一次であると考えると、摂動→相互作用→エンタングルメント→測定すること、と考えてみたのですが。シュテルン-ゲルラッハの実験は、スピンの自由度の情報を空間自由度に写し、それをスクリーンにぶつけて、光でみるわるけですよね。人はキャッチした光の運動量スクリーンにぶつかった粒子のによってある程度の位置の情報を得てスピンの情報を得るわけですが。
位置を直接測定するのではなく、運動量を介して測定する。スピンは位置を介して運動量で測定。そういえば、相互作用って同一時空点で考えるから位置を介しているのが普通なのでしょうか・・・こうしてまた作用の時空積分の疑問へと戻っていくのでしょうか・・・
すみません。疑問書きながら自分で考えるから、何がなんだかわけがわかりませんね。
僕も勉強したこと、TEXで自分の言葉でまとめてみようと思います。しかし勉強以上に時間がかかりそうな・・・
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